お茶の水女子大学教育社会学研究室
Sociology of Education

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天野郁夫『教育のいまを読む』有信堂

 まえがき「いま変動の時に」がこの本の基本的な性格を端的に言っている。「研究室に座って、 文献や二次的情報を頼りにものを考え、書いている研究者はとうてい、情報の新しさと現実感覚 の鋭さ、実体についての知識の量などの点で太刀打ちできない。できることといえば、浅読み、深 読み、読み違いをおそれず、ある学問領域の研究者として、事実や事件の一味ちがった読み方 を試みることだけである。」 わが国の教育の「いま」を、教育社会学研究者として「読んだ」試み の集積が本書である。
 この本は<教育を読み直す><偏差値思考をこえて><国際化を考える><自由化と個性 化のために><ゆとりとゆたかさを>の5部構成をとっているが、全体で63の小篇から成る。短い ものでは2ページに満たないコラムから、長くても10数ページの小論文。新聞、雑誌などに、いわ ば書き散らした論考が集められている。著者の直接の専攻テーマである試験や高等教育関係の 論考が多いが、高校教育をあつかったものも少なくない。ここ数年でこれだけの数の現代教育批 評を求められた事実自体、著者の教育界におけるオピニオン・リーダーとしての地位を象徴して いるといってよい。
 「書き散らした」コラムの寄せ集めは、だがたんにばらばらな論考の羅列ではない。いくつかの 短編を読み進んでいると、そこには、著者自身いうように「わが国の教育と社会の奥深いところで 起こっている、大きな変化の輪郭が、おぼろげながら浮び上がって」くる。じつは教育の非常に多 くの側面をばらばらに観察しながら、そこに「構造的変動」を浮び上がらせるのは、至難の技であ る。個々の分析の確かさと洞察力が、そうした奥深い変動をかろうじて発見させる。研究者にも、 大河小説派と短編派、コラムニストがいる。著者は『試験の社会史』(東大出版会)などをものにし た、どちらかといえば大河小説派だと思うが、短編を書いてもそこに大河小説的ストーリー・テラー の本質を見せている。
 では、著者が「教育のいま」から読んだ大きなうねり、変動とはなにか。ひとことでいえば、社会と 教育の自由化・多様化・個性化だろう(評者には若干の異論があるのだが)。こう書くと、およそ教 育雑誌に登場するつきなみなキーワードに見えてしまうが、単なる「私の自由化論」と現状分析の 蓄積の結果ようやく行き着いたそれとは、大きな隔たりがある。それを説得力をもって読者にいま 伝達できないのは、紙幅の制約と評者の能力のゆえである。読者には、天野流の「読み」をつな ぎあわせることによって、現代教育と社会のマクロな構造変動の本質を、ぜひ読み解いてほしい。 寝転がって読めるクリアーさも、この本の魅力のひとつである。

以上

1996年12月5日
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