お茶の水女子大学教育社会学研究室
Sociology of Education

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有馬朗人・太田時男・塩野谷祐一編『国立大学ルネサンス 生まれ変わる「知」の拠点』 全2巻、同文書院

 たいへん魅力的なタイトルの本である。
 執筆者は、28の国立大学の現・前学長、編者は国立大学協会の有馬会長(東大総長、出版 当時)ほか2人の学長である。1、2巻それぞれに序章が付けられており、以下各大学長の執筆部 分が続く。
 第1巻の跋文(太田時男)に、各国立大学総長あて執筆依頼文がある。本書の出版意図をその まま物語るので、やや長いが引用しておこう。「・・・私どもほぼ同じ時期に国立大学長を務めまし たが、この時期にはとりわけ大学改革とそれを支援すべき財政の再建などに従来になく、実効的 な成果を挙げることができたと思います。・・・これをベース・出発点として、さらに大学をよくしてい く、ルネサンスを豊かにしていくよう、私どもが公私にわたって努力した道を振り返り、努力の過程 や成果を『国立大学ルネサンス』という単行本にまとめてはと考えました・・・」
 有馬氏によれば、国立大学は現在次の3つの危機に直面している。第一に未曾有の財政危 機。経済成長の停滞は大学財政を直撃し、文教施設費は80年を頂点に半減し、経常的経費の 伸びも止ったままである。第二に大学の大衆化に起因する大学教育の変貌。第三に18歳人口の 急減にともなう大学生き残りの危機である。本書は、この3つの危機に対する国立大学学長が執 筆する打開策、処方箋ということになる。
 では、国立大学ルネサンスとは具体的にはどのようなものだろうか。
 28の大学長の処方箋は、人によってかなりタッチが異なるものの、おおむね大学の沿革にはじ まり、現状点検と将来像、新たな試み、「学長の自画像」などからなる。
 それらのうち当然のことながら目玉は、いま国立大学が新たに何を企てようとしているのかにあ る。比較的多くの大学で試みられているのは、1)一般教育改革、2)大学院改革、3)国際交流事 業、4)産学ないし地産学共同、5)社会人教育、6)自己評価・自己点検などである。中には、わが 大学と比較して焦りを感じさせるほど斬新な試みや、刺激的な提案も含まれている。読者は、大学 の改革努力を実感することができるだろう。
 しかしいくつか気になる点もないわけではない。第一に、各巻序章における大学の危機の強烈 なアピールと個別大学の改革プランとの落差である。残念ながら学長によっては、抽象的理念論 や、(机上の)プラン紹介にとどまるケースがある。
 第二に、危機の3つの要素と、進行しつつある大学改革との関連が「見えてこない」ものが目立 つ。とくに18歳人口の急減に対する国立大学の処方箋は明示されているとはいいがたい。少数 のエリート大学を除いて、18歳人口急減は国立大学の門を今日よりも著しく広くする。それは学 力水準が一段と低下した学生を多数受入れざるをえないことを意味する。それにどう対応するの か。この問題を先取りした大学改革像は本書からは見えてこない。
 第三に、変貌する高校教育、とくに教育課程の多様化に対する大学の対応策が明らかではな い。そもそも高校教育の変容が大学にとっての危機を意味することに、学長たちは気付いていな いのではないか。著しく増加することになる入試センター試験の科目数が象徴するように、大学入 学者に、共通の学習経験と学力を仮定することは困難な時代を迎える。
 総じて、本書をややはすに眺めてみるならば、そこに浮び上がってくるのは事実としての危機と プランとしての「ルネサンス」のずれだろう。
 しかし多くの大学で地道ながらも危機認識が育ち、大学の研究と教育の活性化がはかられよう としていることも事実である。派手で目立つ改革は、さまざまな制度的・組織的な制約によりプラン に終わることが多い。それがルネサンスの名に値するか否かはともかくとして、地道で日常的な活 性化のための努力−その多くは当たり前すぎて本書には登場しないような−こそが、重要である といえるかもしれない。そうした自助努力を刺激するという意味で、本書が、国立大学の高らかな 「ルネサンス」宣言であると、期待と自戒をこめて読んでおきたい。

以上

1996年12月5日
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