| Sociology of Education
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市川昭午『教育改革の理論と構造』教育開発研究所
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教育改革「論」の時代である。そのうち、もっとも大規模で、かつ直接政策に結びつく位置にあ ったはずの臨時教育審議会は一九八七年八月でその任期を終了した。広く国民世論を巻き込ん で沸騰した教育改革論議は何を残しただろうか。 この本は、臨教審答申を手がかりに、現在日本の教育が当面している教育改革の基本的な課 題を、逐一検討したものである。教育改革の理念、教育荒廃、学歴社会、社会変化への対応、生 涯学習社会への移行、教育の自由化、教育行財政の改革など、およそ基本的論点と目されるテ ーマが網羅されている。主題は教育改革だが、日本教育の総合的・構造的な「現状分析」を前提 としてはじめて、それを「論じる」資格を手にすることができる。当たり前だが、この気の遠くなるよう な作業を特定の立場や利害にとらわれることなく冷静に積み重ねた上で、本書は教育改革を論じ ている。信頼できる現状分析を欠いた教育改革論の横行の中で、本書は特別の位置を与えられ ていいと思う。 目次をじっとながめて論旨を想像してほしい。たとえば第六章学歴社会の超克の中の第一節 「学歴は評価されるべきである」には、次のような項が並ぶ。学歴は一つの重要な尺度になる、学 歴が不当に重視される心配はない、実力主義にも問題がある、学歴評価が教育荒廃の元凶では ない...。想像されるとおり、教育界でタブーとされてきた分析や非常識とされる主張が続々と登場 する。それは逆説的・際物的に述べられるのではなく、理路整然と冷静かつ飛躍なく語られる。当 たり前のことが語られているのにそれが目を開かれるような新鮮さを持つのは、それだけ私たちが 「教育という宗教」「神話」の世界に閉じこめられてきたことの証しだろう。 わが国では、教育学は不幸にももっぱらミクロな教授学や理想的価値を語るものだと理解され てきた。本書は市川監修になる『日本の教育』(全六巻)の最終巻であり、教育計画や制度、行財 政、内容・方法などにマクロな観点から迫った、その意味で貴重な講座である。掛け値なしに、推 薦したい。 以上 1996年12月5日 |
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