お茶の水女子大学教育社会学研究室
Sociology of Education

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耳塚寛明 書評集 (採集文献一覧へ戻る)
石山茂利夫/著 『生徒刺傷ー公立中学で何が起きているか』 講談社

 昭和58年2月、町田市立忠生中学校教諭Yが果物ナイフで生徒を刺すというショッキングな事 件が発生した。忠生中はいちやく日本一の校内暴力校となり、そして60年、今度は見事に校内 暴力を克服してふたたび有名校となった。校内暴力を語るとき今や欠かせない忠生中事件は、い くつもの「伝説」を生んだ。突っ張りたちのターゲットだった教諭Y、指導力を欠き、同僚を窮地に 追い込んだふがいない教師集団、そして強力なリーダーシップによって校内暴力を克服した名校 長。新聞記者である著者が、粘り強い取材によって伝説のベールを一枚一枚剥ぎ、忠生中事件 と教師社会の実像を描いたのが本書である。
 本書は、しかし書名から予想されるようなスキャンダラスな際物ではない。著者の視点は記者と いうより社会学者のそれであり、多くの教師批判に共通した欠陥を的確に捉えている。それは一 言でいえば、「教師万能幻想」「教育教」の否定であり、学校現象を社会現象から切り離して捉え る視点の誤謬である。様々な教育病理の原因として、教師の指導力とチームワーク、管理職のリ ーダーシップの欠如が指摘される。
 だがこうした認識の背後には、全能の神のような、非 現実的な教師像が見え隠れする。百万人を越える教師のすべてに、教科の専門的知識に精通 し、教育方法に優れ、発達科学を熟知し、人間的魅力や洞察力に満ちた人生の「師」を期待でき るか。校内暴力は、学校や教師に主因が求められるべきなのか。
 著者は忠生中事件の虚像を暴きながら教師万能幻想、「教育教」の不毛さを突く。学校内で起 きていることは学校外での現象と根を一にし、校内暴力も社会や家庭の変動が凝縮して起こった ものである。教師だけに責任はないし彼らだけで解決できるはずがない。著者の作業は、ないも のねだりの教師論に欠けた、こうした当然過ぎる事実を説得的に提示している。安易で、しかも誰 も反対できない建前に依拠した批判を教師に浴びせ続けることは、教師たちに、無能感を植えつ け、情熱を失わせるだけだろう。

以上

1996年12月5日
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