お茶の水女子大学教育社会学研究室
Sociology of Education

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耳塚寛明 書評集 (採集文献一覧へ戻る)
陣内靖彦『日本の教員社会ー歴史社会学の視野』東洋館出版社

 本書は、日本の教師研究においてたぶん最先端を走る著者の挑戦的論文集である。一貫した テーマは、日本の小学校教員が職業階層として成熟していく過程において、どんなメンタリテイ (特徴的意識形態)や文化を内在することになったのかという問題であり、明治から大正期までの 師範教育の制度化過程、教員社会の文化とその変容が、豊富な統計とさまざまな文書データに よってヴィヴィッドに再現されている。
 著者の試みをこれまでの教師論から区別しているのは、その方法論、すなわち「教員社会」を 対象とした「歴史社会学」的アプローチにある。なぜこうしたアプローチが必要とされるのか。それ は明治以来の教師論が、一定の「人間像」として論じられることが多く、教師たちが日々営んでい る教育の現実を把握し、それを基点として将来の方向を見定める教師論が欠落していたためだと いう。
 教育という行為の特質上、教師論には人物論が不可欠なことは事実だろう。たとえば本欄でも 紹介された『教師宮沢賢治のしごと』(畑山博)などは顕著で貴重な業績だと思う。だが、教師の置 かれた制度的・社会的文脈や構造的拘束を無視した議論は、教師個々人の努力や責任のみを 強調する「ないものねだりの教師論」に堕す危険をはらむ。それは無益なだけでなく、教師集団に 無力感を植え付けるという意味で有害ですらある。「教員問題の本質は決して教師たちの個別的 資質、能力の在り方にあるのではなく、彼らが公的職業人として身を置く歴史的ー社会的文脈に 求められるべきだ」という著者の主張を、私は正しいと思う。
 教員研究はなによりも教育現場の実践的課題に答えるべきだと著者はいうが、本書は純然たる 研究書であり、実際のところ研究者にとってすらかなり難解である。著者の探究は今後昭和戦後 期にいたり、さらには教師の教育行為の社会学が最終的には構想されている。次著に期待した い。

以上

1996年12月5日
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