お茶の水女子大学教育社会学研究室
Sociology of Education

|発言| シラバス |卒論・修論|耳塚寛明 経歴と業績|耳塚寛明書評集|大学院  院生紹介 OGの進路|

耳塚寛明 書評集
近畿高校教育研究協議会編(編集代表金子照基)『高校教育の改善と課題』日本教育綜 合研究所

 この本の編者である近畿高校教育研究協議会とは、京都、大阪、兵庫、滋賀、奈良、和歌山の 高校長、教育委員会職員・指導主事、大学教授などの有志からなる研究組織である。毎年6回の 研究例会を開き、実践的研究報告と情報交換を行っているという。本書は、この研究組織の成果 であり、各高校が「個性的で魅力ある学校」の創造を目指して努力してきた実践的研究成果をまと めたものである。
 執筆者総数34、内高等学校長27、教育委員会等関係者3、大学教授3という構成から知られ るように、この本の第一の特徴は、実践現場に即した高校教育改革の事例集となっている点にあ る。こうした実践ベースの膨大な研究事例集の出版はタイムリーであり、また他に類書を見ないユ ニークさをもっている。
 第2章から6章が教育実践例の紹介である。この本のメリットはまさにそこにあるので、参考まで に主なテーマを列挙しておこう。
第2章「個性と適性を生かす教育の実践と課題」芸術コース(科)、数理科学科、特別活動、学科 再編
第3章「地域性を生かした特色ある学校づくり」総合選抜制下・へき地の実践、農業教育、福祉科 教育
第4章「国際化と教育課程の工夫」国際化に対応した教育課程、国際教養科、国際交流科
第5章「情報科と教育課程の工夫」情報関連複合学科、教育センターの役割
第6章「高校教育の課題としての中退問題」現状と課題、対策
 高校教育はどこへいこうとしているのか。本書の総論にあたる序章ではひとことでいって「個性 的で魅力ある学校の創造」が、高校教育改革を貫く基本的視点として提唱されている。それは、 上記の諸実践例を貫く縦糸でもある。
 本書を通読して刺激を受けた、高校教育改革を考える上での視点を、より一般的な形で指摘し ておこう。
 第一に、「学校の個性化」と「生徒の個性の伸長」の関連である。一般には、高校教育改革の基 本視点は「一人ひとりの生徒の特性や個性を教育的に尊重し、個性の伸長を十分にはかりうる 『個性的で魅力ある学校』を創造する」ことにある。こう表現すると異論の出しようがないが、学校の 個性化が生徒の個性の伸長を、予定調和的に実現すると考えるならば、その論理は単純に過ぎ る。学校の個性化と生徒の個性の尊重とは次元が異なる目標であり、むしろ両者をあえて切り離 し、前者は後者の「ひとつの」手段と見るほうが生産的に思う。本書の序章でもこの点にかかわる 議論がなされている。
 第二に、本書で紹介された改革実践例の他校への適用可能性についてである。実践的研究 報告が備えなければならない条件のうち、とくに他校への適用可能性の観点からは、以下の2点 の記述が不可欠である。
 1)資源をどう調達したか。学校が革新に際して活用できる資源には、地域社会的条件からはじ まって生徒の質、教育委員会からのヒト・モノ・カネの諸レベルでのサポートまで、じつはかなりの 差異がある。実践報告は、おうおうにして何をやったか、何を達成したかの記述に終始し、何がそ れを可能にしたのかが「隠されている」ことが少なくない。
 2)学校内での合意をどう得たか。序章が鋭く指摘するように、学校の個性化は単なる時間割編 成上の問題をこえて、教員に新たな役割や負担を要請し、また学校組織・運営上の革新を求め る。新たな教育実践の協働体制を確立するためには、さまざまな困難があったはずである。この 点については、本書の終章で紹介されているアメリカにおけるSBM(school-based management= 学校に基礎をおいた経営)研究が有益である。この意味では、本書の実践例の中には、現実的な 制約からしかたのないこともあろうがやや表面的との印象を与えるものもある。
 継続的な研究活動とタイムリーな出版に敬意を表し、「隠れた革新過程」についても事例を開 陳した次著に期待したい。

以上

1996年12月5日


教育社会学研究室トップへ戻る

お茶の水女子大学お茶の水女子大学ホームページ運営指針文教育学部人間文化研究科(博士前期)人間文化研究科(博士後期)研究室へのお問い合せ

Copyright(c) お茶の水女子大学 All Rights Reserved.