お茶の水女子大学教育社会学研究室
Sociology of Education

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耳塚寛明 書評集
松谷英明『私の学校訪問記 新しい学校像を求めて』学事出版

 前号に引続き、今回も新しいタイプの高等学校についての本である。副題に「日本の高等学校 はどう変わろうとしているのか」とある。

 「時折、わたしは目を閉じ夢の中に遊ぶ。どんなコンセプトの学校なら子どもたちをひき寄せるこ とができるだろうか・・・「海」が好きな者が集まる学校・・・「海」をとことん学びつくせるような学校・・・ 「海の学校」があるなら、「山や森の学校」があっても「宇宙の学校」があってもいいじゃないか! これなら偏差値など、蹴飛ばすことができるのではないか・・・。」(44-45頁)

 著者は現在広島工業大学助教授にして同附属中・高等学校長だが、数年前までは同高校の 国語科教諭であった。この本は、私立の職業科のみ設置する高等学校の教諭が、来るべき生徒 急減期における生き残り策を探るために行なった、一連の学校訪問記を中心に構成されたもので ある。
 著者をして学校訪問へと駆り立てたのは、学校と教育の行く末についての3つの不安だったと いう。
 第一に衰弱する学校への不安。授業が困難となり、また不登校や中退に代表される、生徒たち の「肉体化した」学校への拒否反応。
 第二に臨教審のこわさ、現場へ押し寄せる自由化・弾力化の波への恐れ。これまで日本の教 育の枠組みを頑固なまでに支えてきた政府が、自らその枠組みを崩そうとしている。それほどまで にこれまでの教育観・制度・方法は致命的に無力化してしまっているのか。
 第三に先が見えない職業高校への不安。職業高校へと断続的に押し寄せてきた波に、現場は これまで必死に対応しようとしてきたが、もはや異常なスピードで進んで行く技術革新に対応する 力を現場でととのえることはできない。
 こうした私立職業高校の現場に根差した学校訪問の動機が、この本の第一の特徴である。
 現実的でかつ深い動機は、この本の第二の特徴、すなわち「実証性」を生んだ。著者が直接訪 問し、本書で採り上げている学校は、次のように多岐に及ぶ。東工大附属・新座総合技術(職業 科の再生の視点から)、金沢中央・新宿山吹(単位制高校)、弥栄東西・伊奈学園総合(総合選択 制)、昭和女子大附属(中高一貫)、千里国際・都立国際・国際基督教大学附属(国際高校)、淑 徳与野・巣鴨(進学校)など。
 さらにその問題意識は、高校をこえて、大検予備校や専門学校、フリースクール(自由の森学 園、きのくに子どもの村学園小学校)へも及ぶ。これらの学校訪問レポートは、肯定的評価のみな らず否定的評価をも含み、また学校別に配列されているのではなく著者の問題意識ごとにくくら れている。その意味でこの本は新しいタイプの高等学校の訪問記というよりは、「今日の学校現状 打開の突破口となるような手掛かり・ヒント」(147頁)を求めての学校探訪記としての色彩が強い。
 高校教員としての明確な問題意識と実証性に加えて、この本の第三の特徴は、「柔軟な観察」 姿勢にある。著者はいう。「(現実を)定位置にあってパタン化して片付ける前に、じかに触れてみ たほうがよい。これまでの教育を支えてきた理念や方法に確かな力を感じるならともかく、今日のよ うな『ゆらぎ』のときにあっては、既成の回路・位置に固執すると、可能性を見逃したりこぼしてしま う危険が大きくなる。わたしたち教師が体内に抱きつづけてきたことば・認識の回路を意識的に組 み直してものを見る、そうした試みが必要な時であるように思う。」
 この言葉の意味は説明するまでもないが、著者のねらいとおり、この本は、新しい試みに対する つまらないステレオ・タイプ的な観察を免れている。勉強させていただいた。

以上

1996年12月5日


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