お茶の水女子大学教育社会学研究室
Sociology of Education

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耳塚寛明 書評集
宮島喬・藤田英典編『文化と社会――差異化・構造化・再生産――』有信堂(1991)

 これは、教育に関する社会科学的研究のなかで画期的な本である。  現代産業社会は不平等な社会である。経済的財(所得や財産)、権限や権力、職業的な威 信、余暇的な生活機会等、さまざまな側面で人々は不平等な状態におかれている。しかも諸々の 不平等は、同一世代の中で観察できるだけでなく、親から子へと「相続」される傾向がある。つま り、階層的地位が、「再生産」されているのである。
 このことは一億総中流化などといわれるわが国も例外ではない。欧米のように明示的な支配階 級は、たしかにわが国では見られないかもしれない。だが、多くの研究は日本社会でもさまざまな 不平等が存在し、しかも階層的再生産の傾向が厳然と存在することを示してきた。
 こうした不平等の存在と、親から子への階層的地位の相続は、私たちが日常的に考えている常 識と矛盾した側面をもっている。というのは、私たちの社会は、本人の努力と能力によってさまざま な社会的資源(金、権力、威信など)が獲得可能であり、しかも社会的地位の世襲や身分制は法 制的に否定されているからである。相続税制度に見られるように、経済的資源(金)の親から子へ の継承も制限されている。学校教育は平等な競技場であって、人々の生れに関わらず、能力と努 力次第で社会的上昇移動の機会を万人に与えるはずであった。にもかかわらず、なぜ階層的地 位は親から子へと相続されるのだろうか。
 この問題に対して回答を与えるべく提起されているのが、本書の主題である「文化的再生産」の 理論である。それは、「不平等、序列、支配などの関係を含むものとしての社会構造の同形的な 再生産の過程において、文化的なものの演じる役割を明らかにしようとする」理論であり、より狭義 には現代フランスの代表的社会学者ピエール・ブルデューの理論をさす。
 この本は、文化的再生産理論を基調に、それを理論レベルで解明・展開し、あるいは現代日本 社会への適用を試みた論文集である。
 先の問題に戻ろう。なぜ階層的地位は、法制的には世襲や身分制が否定されているにもかか わらず、親から子へと相続されることが多いのだろうか。そこにはどんなメカニズムが関わっている のだろうか。
 文化的再生産理論の答えは、第一に文化における不平等が存在し、第二に一部の者にとって のみ接近可能であるような文化が人々の選別の道具とされ、第三にその選別が業績主義的で正 統なものとされているからである。
 文化における不平等とは、文化的な能力、知、趣味などにおいて優劣の格付けがなされること をとおして、社会的な選別を被ることである。たとえば抽象的な言葉や、複雑・微妙ないいまわしを 巧みに使う能力などは、社会的に優れたものとされ、そうした文化的能力を身につけた人々が選 別されて、高い階層的地位に到達するチャンスが大きい。
 いうまでもなく、こうした文化的能力による社会的な選別が行われるひとつの主要な場が学校教 育である。先に述べた文化的能力は、学校で日々評価される「能力」や「学力」そのものであり、正 統的な文化である。それらを身に付けているものが、学校によりよく適応し、高い学業成績を上 げ、結果として「高学歴」を獲得することになる。
 だが、そうした文化的能力は、誰にとっても獲得可能なわけではない。高等教育へと進むにつ れて、親の階層的地位が高い子どもほど有利になり、進学者に多くを占めるようになる。端的にい って、親の階層的地位が高い子どもほど、学校で伝達される正統的な文化をわがものとしやす い。彼らの経験するしつけや社会化のパタンが、学校文化に適合的なのである。
 これが、文化を通じた階層的地位の再生産メカニズムである。こうしてみると、学校とは、階層的 な地位の差異を、アカデミックな能力上の差異という「正統な文化的能力」の差異に変換すること を通じて、親の階層的な地位の子どもへの伝達を可能とする制度だということになる。既存の不平 等な社会を再生産する上で、欠くことのできない「装置」が学校である。
 読者にはやや難解な部分があることと、また学校内部における選別過程それ自身に関する分 析が不十分との印象を受ける。だが、欧米での最新研究を紹介し、あるいはそれらを理論的に読 み解こうとする試みを超えて、その日本的理論展開や日本社会への実証的適用を図ろうとする研 究はけっして多くない。その中で本書は貴重である。とくに、いまだ仮説の提示にとどまるものの、 文化的再生産の観点からの、大学生を対象とした調査結果の報告は、示唆的である。こうした書 物にはじめて触れる読者には、現代社会の巧妙な文化的再生産のメカニズムと、毒を含んだ学 校観に、大きなショックを受けるかもしれない。

以上

1996年12月5日


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