お茶の水女子大学教育社会学研究室
Sociology of Education

|発言| シラバス |卒論・修論|耳塚寛明 経歴と業績|耳塚寛明書評集|大学院  院生紹介 OGの進路|

耳塚寛明 書評集
西本憲弘・佐古順彦編『伊奈学園 新しい高校モデルの創造と評価』第一法規

 昭和59年4月に開校した埼玉県立伊奈学園総合高等学校は、まもなく創立10周年を迎える。 その記念事業のひとつとして発刊されたのが本書である。編者のひとり西本氏は前伊奈学園高校 長、佐古氏は早稲田大学教授であり、執筆者は伊奈学園教諭のほか心理学、社会学、教育学な どの研究者からなる。文字どおり学際的な研究成果の公刊である。
 すでにご存知の読者が大半を占めるだろうが、伊奈学園は、150以上の選択科目を擁した総 合選択制を目玉に、以下のような先導的特徴をもった高等学校である。
(1)学系制・・・人文系、理数系、語学系、体育系、芸術系、生活科学系、情報経営系。系統的な 学習の大枠を示して、選択履修の指針を提供する一種のコース。
(2)ハウス制・・・学校の中の学校。伊奈学園は各年次24ホームルームをもつ超大規模校だが、 大規模化の対応策として各学年を6つのハウスに分け、小規模な生活単位を設けたもの。
(3)単位制・・・学年進級制を廃して、個人の取得した単位数の累積によって卒業を認定。
 以上から推察されるとおり、伊奈学園はさまざまな側面について「新しいタイプの高等学校」に 求められる特徴を先取りしており、高校教育改革の先進校としてきわめて大きな関心を集めてき た。それは、年間1万8千人という驚嘆すべき見学者数に端的に現れている。
 第1章では、伊奈学園の特徴分析とともに、設立に至る経緯が述べられている。第2章では、伊 奈学園を含む全国6校の普通科総合選択制高校にまで視野を広げ、その「成功」の背景と高校 教育改革に与える示唆が分析されている。
 続く第3章から第10章は、主として研究者による伊奈学園の実証的な評価作業である。在校生 をはじめとして卒業生、教職員を対象とした調査が、それこそ絨毯爆撃のように10本近く実施され ており、多角的かつ徹底的な評価がなされている。取上げられているテーマも、学校建築などの 物理的環境の影響、ハウスの有効制、総合選択制が自己形成に与える影響、卒業生の学園に対 する評価、他の公立高校との学校生活、進路形成面での比較など、多彩をきわめる。伊奈学園の 財政的条件や教務関連事務システムの検討が行なわれていることも、実践的行政的に有益だろ う。
 この本の第一の特徴は、「現(場)学(者)共同プロジェクト」に基づく伊奈学園への総合的アプ ローチにあるが、これを可能にしたのは伊奈学園関係者による「開放的な研究環境」の提供にあ る。評者もこのプロジェクトに参加したひとりだが、開放性は二重の側面をもっていたように思われ る。つまり学校関係者はデータ収集に対して開放的であっただけでなく、伊奈学園の光とともに影 (問題点と課題)をもオープンに議論の対象に加える寛容さを持ち合せていた。教育関係の調査 研究としては異例の開放性といってよい。
 本書に取上げられた総合選択制高校をはじめとして、総合学科、全日制単位制高校、国際学 科など、新しいタイプの特色ある高等学校が続々と登場しつつある。ここ数年は、高校教育改革 の時代であるといっても過言ではない。
 重要なのは、こうした新しい試みを謙虚に評価する営みである。「改革」が意図した成果を生む のか、改革の過程で意図せざるいかなる結果がもたらされるのか、それらを事実として把握するこ とである。改革は、その当初の意図の達成のためには、必ず評価作業を必要とする。本書はわが 国の教育改革に欠けていた、この評価作業のひとつの成果である。とりわけ高校教育改革のパイ ロット校であった伊奈学園の、徹底的な解剖と診断作業が行なわれた意義は大きいと思う。

以上

1996年12月5日


教育社会学研究室トップへ戻る

お茶の水女子大学お茶の水女子大学ホームページ運営指針文教育学部人間文化研究科(博士前期)人間文化研究科(博士後期)研究室へのお問い合せ

Copyright(c) お茶の水女子大学 All Rights Reserved.