お茶の水女子大学教育社会学研究室
Sociology of Education

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耳塚寛明 書評集
志水宏吉/著 『変わりゆくイギリスの学校』 東洋館出版社/刊

 この本は、著者が1991年から2年間にわたってイギリスに在住し、主として中等教育について 行った調査研究にもとづいている。
 ご承知の先生方も多いかと思うが、イギリスの教育制度は現在、揺れに揺れている。主な震源 地は、戦後最大規模といわれる「1988年教育法」の施行である。教育制度に襲いかかっている 改革の嵐は、産業や医療、交通といった諸分野における大きな変化の文脈でとらえねばならな い。著者はいう。「産業革命以来、200年ほどにわたってこの国(イギリス)が謳歌してきた経済シ ステムにガタが来ている...。政府は、末期的症状にあるともいえるこの国の経済システムをふたた び活性化させるべく、躍起になってカンフル剤を注入しようとしている。...非効率なうえに金がかか りすぎると政府が考える、公的な医療・社会保障制度、そして教育制度に、容赦のない大なたが ふるわれようとしているのだ。」
 著者がイギリスの教育を読み解こうとしている、その基本的視点は次の3つである。@階級社会 と教育 A教育の分権主義 B教育の個人主義。これら3つの原則のもとにイギリスの教育制度 や学校は組織されており、日本の教育が@平等主義 A集権主義 B集団主義を特徴として いることと鋭く対照的である。
 さて、イギリス教育界を震撼させつつある1988年教育法とはいったい何だろうか。主要なポイ ントを列挙してみよう。
1)国家カリキュラムとナショナル・アセスメント(テスト)の創設。それまで学校や教師に委ねられて いた教育内容について、日本流にいえば学習指導要領が国家レベルで定められ、さらに生徒の 到達度を測定するための統一テストが実施される。テスト結果は外部に公表されるため学校の評 判に直接関わってくる。
2)学校選択の自由。義務教育を含めて、定員の範囲内ではあるが学校選択の自由を認めた。
3)LMS(自律的学校経営)の導入。
各学校には基本的には生徒数に応じて予算が配分されるが、この予算の執行は学校ごとの理事 会に委ねられ、また校長、教員の人事権も理事会が持つ。
 こうした改革を全体としてとらえるならば(やや単純化していえば)、ここで目指されているのは、 地方教育当局の権限の制約と中央政府の権限の強化であり、学校間の競争促進を通じた教育 への「市場原理」の導入である。中央政府の権限強化と一見矛盾するようだが、個々の学校理事 会に対しては大幅な自治権が与えられることになった。これは市場原理の導入を可能とするため の、学校の「企業化」ととらえらればつじつまが合う。これらの改革のもっとも重要な背景は、学力 の低下、競争力の低下にある。
 本書では、こうした改革の理念と実状が、総合的に、かつ特定の学校における観察やインタビ ューを通じて、簡明にスケッチされている。
 しかしこの本が持っている最大のメリットは、比較教育社会学的な視点、すなわちイギリス中等 教育の構造と変化の方向をみながら、日本の中・高校教育の特徴を逆照射して見せている点だ ろう(第8、9章)。イギリスとの比較において日本の教育のエートスを抽出してみると、集団主義、 標準主義、努力主義、競争主義、全人主義などの日本教育の特徴が浮かび上がってくる。そして 皮肉なことに、イギリスの教育改革が日本のいる位置を目指して劇的に進められているときに、私 たちは教育をイギリス化しようと躍起になっている。著者の究極的な関心は、イギリスを描きながら も日本にある。
 外国教育事情を中心的テーマとした本であるためにカタカナ英語が多く、やや抵抗を感じる読 者がいるかもしれない。しかし全体として、わかりやすい例えを豊富に用いたまことに読みやすい ストーリーに仕上がっている。


以上

1996年12月5日


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