お茶の水女子大学教育社会学研究室
Sociology of Education

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耳塚寛明 書評集
竹内洋『パブリック・スクール 英国式受験とエリート』講談社現代新書

 パブリック・スクールとは、イートン校などで知られる英国の名門私立中等学校のことである。主 として寄宿制で、授業料が高く、豊かな階級の子弟を全国的規模で集めているという特徴がある とされる。
 私立なのにパブリック(公)というのは、14、15世紀に、一定数の、貧しいが有為な青少年を集 め、奨学金によって教育を行ったところに由来する(貴族や上流階級だけでなく貧しいものにも開 かれた)。ただ18世紀になるとこの開放的性格は弱まり、もっぱら富裕・貴族層の子弟にジェント ル・マン教育をほどこす「階級的教育機関」へと変質する。階級的教育機関といえば、英国の大 学はいまだなおその性格を保持しており、現在でも労働者階級の大学進学率を1とすれば、専門 職のそれは9倍、中間階級でも7倍に達する。パブリック・スクールの階級的性格は推して知るべ しだろう。
 この本のテーマは、第1章「パブリック・スクールからケンブリッジ大学へ」の冒頭で鮮やかに語ら れている。鮮やかで明解、ときとしてトリッキーな、それゆえに読者を惹きつけて離さない語り口は 本書の最大の魅力のひとつである。謎解きに挑む楽しみがある。
 「英国社会のどのような領域を眺めても、パブリック・スクールで教育された人によって支配され ている」という社会学者の観察がある。現メージャー首相自身の学歴はともかく、その閣僚の学歴 を調べてみると、21人中17人が私立中等学校出身者、出身大学をみると14人がいわゆるオック ス・ブリッジだという。
 パブリック・スクール出身者が支配的な地位を占めているのは政界だけではない。官界、司法 界、金融はもちろん、教会や軍隊も例外ではない。英国エリートの本流は、いまなおパブリック・ス クール出である。英国エリートの生産工場といってよい。英国社会はエリートの輩出がこれらの学 校に著しく偏った、日本など比較にならないくらい学歴の地位規定力の大きな「学歴社会」だろ う。
 私たち日本人の目からみると、オックス・ブリッジというのは東大・京大に、パブリック・スクールは 開成、灘のような私立の6年一貫中・高校に見える。日本ではそれらの学校への激烈な受験競争 が存在し、青少年世代の過熱した受験競争からの開放がしばしば社会的に最重要の課題とされ る。ところが、わが国以上の学歴社会に見える英国社会で、そうした受験競争が過熱しているわけ ではない。なぜだろうか。
 本書は、この不思議に迫った本である。受験と社会的地位達成の英国式ルールを解読するこ と、そしてそれとの比較によって、日本式受験と地位達成ルールの特徴を浮び上がらせること、こ れが本書で解かれる謎である。
 英国エリートがパブリック・スクール出によってまさに専有され続けているのはなぜだろう。もちろ ん彼らは学歴以前に、高い階級出身者であることによって、直接親から特権的地位を相続するこ ともありえる。だが、エリートの地位が、生まれではなく能力主義によって獲得されるのが現代社会 の特徴であり、英国も例外ではない。ではパブリック・スクール出は、この意味での能力を持って いるのだろうか。この興味ある問題については本書を読んでいただいたほうがよいが、一言でいえ ば、彼らには「隠れたプレミア」があるというのが著者の分析である。パブリック・スクール出身者が エリートを専有しているそのトリックは、中立的かつ客観的とみなされるエリート選抜装置の中に彼 らが有利になる変換器が内蔵されているという説明である。
 教育関係書はつまらない、その通説を覆しているのがこの本である。この書評ではその「おもし ろさ」を、そして先の問いに対する解答を紙幅の制約から充分につたえることはできない。この欄 で新書を紹介するのははじめてだが、入手しやすいゆえに、ぜひ多くの方に読んでほしい。おも しろさの中に、教育の明日を考える上でのヒントがある。

以上

1996年12月5日


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