お茶の水女子大学教育社会学研究室
Sociology of Education

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耳塚寛明 書評集
内橋克人・奥村宏・佐高信/編 『就職・就社の構造』 岩波書店

 この本は、「日本会社原論」シリーズの第4巻である。田中康夫×佐高信の対談、「ブランド企業 の実像」(各業界有力34社の辛口評価)と、7本の論稿から成っている。シリーズ中の1巻というこ ともあって完結したひとつの結論に至っているわけではないが、共通の視点が貫かれている。
 この視点を一言でいえば、「いい学校」から「いい会社」への就職という、幻想性の打破である。 ここには、第一に「よい」大学とその秀才学生への懐疑、第二に有名企業の「よさ」を疑うこと(有力 企業の辛口評価はそのための作業である)、第三に学校と会社を結ぶ日本型就職システムのあり 方自体への疑念が含まれている。中にはステレオ・タイプ的批判もあって論駁したくなる箇所がな いわけではないが、全体としてクリアな視点が貫かれている。
 冒頭の田中×佐高の対談はおもしろい。田中自身就職活動と就職の経験があるのだが、こん な発言がならぶ。
「会社も結局大学選ぶみたいなものです。・・・適性は高校の授業だけでわかるわけないじゃない ですか。・・・だからぼくはなるべく学科が分かれていないところを受けなさいって高校生にはいう んだけどさ。・・・(大学に入ってから)そこで修正がきく。」
「とにかく会社に入って2年後とか3年後とかに、そこに残るか既卒で他を受けるか、そういうことを するべきなんだよね。・・・(会社だって)それぞれぜんぜん違うんだから最初からわかるわけない」
 それゆえ田中は、つまるところ大学も就職も、いったん入ったあとの方向転換、「再」選択を許容 するような柔構造を持たなければならないと主張する。「会社なんてみんな自分の臭覚で選ぶほ かないですよね。だめだったら、ああ、失敗したなと思って、そこで自分を変えようとおもうかさ、外 に出るかさ、しかないと思うね」
 編者の一人奥村が指摘するとおり、終身雇用は日本に特徴的な雇用慣行として多くの経済学 者の検討の対象となってきた。その割に、終身雇用とセットになっているはずの日本型就職システ ムについては注目されたことが少ない。
 わが国の就職システムは、(1)「会社本位」(就職する側に十分な知識も準備もないまま、また就 職したあとどういう仕事をするのかも分からないまま会社に入る)と(2)「就職ではなく就社」(職種別 に形成された労働市場のもとでどういう仕事をするのかを選択するのではなく、会社を選択する) というふたつの基本的構造のもとで、いくつかの特徴を持っている。
 たとえば、新卒者一括採用、人事部一括採用、就職における学校間格差、ゼネラリスト養成重 視の企業内労働市場など。ここには新卒者一括採用のように、諸外国では例が少ないにもかか わらず、私たちの文化に溶け込んで誰もが疑わない雇用文化も含まれている。
 奥村は、こうした日本型就職システムはいま揺らぎつつあり、従来型のゼネラリスト・画一型人材 養成からスペシャリスト・個性型人材のリクルートへと重点が移っていくだろうと予測する。従来型 のゼネラリスト養成は管理職要員に残しながら、スペシャリストは別のルートから随時補充し、徐々 に後者の人数が増えていくというのである。
 だとすれば、青少年の就職スタイルは変化を余儀なくされるだろうし、就職指導、ひいては学校 教育の役割も変わらざるをえない。そのとき日本の就職は、田中が指摘するような柔構造を備える ことができるのだろうか。

以上

1996年12月5日


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