お茶の水女子大学教育社会学研究室
Sociology of Education

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耳塚寛明 書評集
共同編集/河合塾・東洋経済『日本の大学 ’93年版』東洋経済新報社

 これは、21世紀の高校生の進路選択行動と、大学に対する社会的評価の変容を予示する、象 徴的な本である。
 いまおよそ200万人の18歳人口は西暦2000年には151万人にまで減少する。2007年には 志願者の9割が合格する、実質的な大学無選抜時代がやってくる。
 むろんすべての大学がフリーパスとなるわけではない。だが多くの高校生にとって合格率の飛 躍的な上昇は、即大学の門が広くなることを意味する。そこではもはや、大学が学力によって一方 的に学生を選抜する権利が消滅し、学生が大学を選択することになる。
 選抜=受験競争時代の、高校生の大学選びのもっとも重要な基準は偏差値であった。だが選 択=脱受験競争時代のそれは、偏差値に代わって、さまざまな大学の顔にまで広げられ多様化 して行く。その方向を象徴的に示唆しているのがこの本である。
 どんな大学の素顔があらわにされているのか。さっそく本書を覗いてみよう。
 大学名・x大学、設置者・国立、概要・数少ない国立女子大学のひとつ。120年の歴史、教育 界に強い。大学所在地、沿革、将来計画などなど。ここまでは大学のフォーマルな紹介であって 別段珍しくもない。
 続いて、学部別勉学環境と生活文化の紹介。
<学生の勉学志向>学問研究★ 実学★ 基礎教養★★★ 大学院進学率14.9% <カリ キュラム満足度>★★★ <授業満足度>★★★ <教員接触度>★★★★
 これらの★は4年生を中心とした総数2万2千人の大学生に対するアンケートをもとに、5段階 評価したものだという。たとえばこのx大学の学生たちの学問志向度は相対的に低く、カリキュラム や授業への満足度は平均的だが、教員との接触度はやや高いと読む。さらに「少人数なので授 業内容が濃い。優しい先生が多い」との、アンケートからの学生の声が紹介されている。
 生活文化についても、施設・設備、交通、遊度(大学周辺のカラオケなどのプレイ・スポットの 数)、交流大学、サークル活発度などが同様に★と声で示される。
 さらに、学生へのアンケートをもとに、学部別に推薦教授・講座が実名で紹介され(たとえばT 教授・魅力的で格好良い!など)、東洋経済が独自に調査した有力教授リストが続く。もちろん入 学定員、難易度、就職状況、各界別著名卒業者リストも付いている。
 総じて、これらの情報が従来の大学案内と大きく異なっているのは、@大学教育のユーザーで ある学生による評価が重視され、A偏差値以外の大学教育の中身、学生生活、進路についての 多面的な情報が示され、B教育される学生の偏差値情報だけでなく、教官の業績ランキングにま で踏込もうとする編集姿勢である。大学の入口の時点での、学力レベルだけによって形成されて きた大学イメージが、その中身と出口、スタッフにまで拡大され、ランキングの形で示されたとの印 象を受ける。
 隠されてきた大学の素顔が世間に公開され、高校生の進路選択や企業の採用担当者に利用 されるようになることは時代の必然というだけでなく、いくつかの積極的なメリットをもち得る。個性 に合った大学選びを可能とするだろうし、アカウンタビリティを問われることがなかった大学に、自 己評価や教育改革の気運をもりたてる契機ともなりえる。
 ただ大学選びのカタログ・ショッピング化は、通信販売と同様に、カタログ自体の信頼性を要求 する。本書にも、恣意的(?)データの排除、学生調査の詳細の提示などを通じた信頼性の向上 を強く望んでおきたい。大学人の目から見ると首をかしげる箇所がないわけではない。誤植の多さ も気になる。
 カタログによる通信販売は返品がきくが、大学教育の返品は困難である。いろいろな意味で、 怖い本だ。

以上

1996年12月5日


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