お茶の水女子大学教育社会学研究室
Sociology of Education

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耳塚寛明 書評集
潮木守一『ドイツ近代科学を支えた官僚 影の文部大臣アルトホーフ』中公新書

 20世紀初頭のノーベル賞受賞者の3分の1までがドイツ人学者によって占められていた。なぜ この時期のドイツ科学は、世界のトップを制することができたのか。この背後には、「影の文部大 臣」「大学のビスマルク」あるいは「高等教育の専制君主」などと呼ばれた文部官僚フリードリヒ・ア ルトホーフの活躍があった。
 現代の学問は「影の裏方」なしに成立し得ない。卓越した学問の背後には、必ずといってよいく らい国家あるいは大規模な組織の財政的な支援が存在する。にもかかわらず、世間は学問的成 功の秘訣を、科学者自身のインスピレーションや頭脳、努力に求めるばかりで、それを可能にした 裏方について語り継がれることはほとんどない。
アルトホーフもまたその一人であった。歴史から忘れ去られた一人の男を現代に生き返らせる こと、それがこの本のねらいである。
 この本には何人もの超弩級研究者の成功や世界的研究センターの設置の過程が語られてい る。
 たとえばドイツ人生理学者エールリッヒ。赤痢菌の発見者である志賀潔がドイツ留学時代に師 事し、またのちにノーベル賞を受けることになるエールリッヒの40歳までの生活は、不遇そのもの であった。助手として奴隷のように使われ、ひとつのポストも与えられることはなかった。その彼の 能力を見抜き、王立実験治療研究所長をはじめとして栄達を極めるキャリアを歩ませたのが、ア ルトホーフである。
 彼のこうした活躍は高く評価されたが、半面、大学の権威をおとしめ、学問の威信を失墜させた として、非難・誹謗の的でもあった。なぜか。この謎ときが本書−アルトホーフ・ストーリーのいまひ とつの伏線である。
 著者がアルトホーフ研究へと向かったひとつの契機は、大学院研究科の新設などに携わった 個人的経験にあるという。独自の財源を持たない国立大学は、学科の新設・改組など何か新しい 企てをしようとする際には、必ず文部官僚に接触し、厳しい予算査定の過程を経なければならな い。新しい企画が実現するか否かは、もちろん企画側がどれだけ優れたプランを提出できるかに よるが、しかし官僚の判断力にも大きく依存する。官僚自身も、彼らなりの理想と情念をもって政策 を選択している存在である。
このことを見方を変えてみれば、現代の大学、学問、研究という営みは、国家や官僚という存在 ぬきに語ることはできないことを意味している。ドイツ・アルトホーフ時代は、この意味での現代のま さに始まりであり、ここに本書のコンテンパラリーな意義をみることができる。
 著者は名古屋大学大学院国際開発研究科教授。学界では「教育社会学の松本清張」との異 名を持つ。推理小説のようなストーリー展開と謎解きを楽しむことができる。

以上

1996年12月5日


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