Moriyama
Shin's
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MORIYAMA, Shin
Ochanomizu University,
2-1-1, Otsuka, Bunkyo-ku, Tokyo, 112-8610
03-5978-5691

ROOM 807, Faculty of Letters & Education, Bldg. 1
moriyama.shin[a]ocha.ac.jp
OFFICE HOUR 10:40-12:10, Mon.

MY KAKEN RESEARCH: Grants-in-Aid for Scientific Research Database

# INDEX


1. 研究概要

研究期間: 2013年度-2016年度
研究種目: 基盤研究(C)
課題番号: 25330168
研究課題: 基本多義動詞・形容詞の意味ネットワークとその習得・教育に関する実証的研究
研究代表者: 森山新(お茶の水女子大学)
研究分担者: 今井新悟(筑波大学)
助成額: 4,810千円(直接経費3,700千円 間接経費 1,110千円)
研究の目的: 本研究の目的は多義性の高い基本動詞・形容詞の意味と習得について、以下のような研究を行い、その結果を、基本多義動詞・形容詞の適切な指導法や学習者のための日本語辞典の記述に反映させることにある。
1.基本多義動詞・形容詞の意味構造を様々な実験的手法及び大規模コーパスを用いて実証的に明らかにする(中心義、語義のネットワーク構造、語義間の拡張関係など)
2.国語辞典の基本多義動詞・形容詞の意味記述の実態を明らかにする(配列、語義の分け方など)
3.第二言語として日本語を学ぶ学習者の基本多義動詞・形容詞の習得について明らかにする

1.研究背景
 本研究が開始されたきっかけはアルクから『日本語多義語学習辞典』(注1)の出版が持ち上がってからである。結果として2012年までに名詞編、形容詞・副詞編、動詞編の3冊が出版に至り、その後台湾版、タイ版などの各国版や電子版も出版された。しかしこれらに掲載された語彙の多義構造は基本的に執筆者の内省により決定されたもので、それがどれだけの客観性を備えているかについては今後の課題として残されることとなった。また、本辞典に掲載されている意味ネットワーク図は内省に基づく研究の成果をベースとはしているものの、学習者のための教材としての側面から、以下のような工夫が施されることとなった。
>注1 『日本語多義語学習辞典』
・意味ネットワーク図は複雑な構造記述は避け、(第二次の拡張義を除き)基本的にすべての拡張義を中心義から拡張しているように描く。
・意味拡張の動機づけを示す際に、動機づけ、メタファー、メトニミー、シネクドキといった専門用語は用いない。
・抽出されるべきスキーマは抽象性が高く、学習レベルが低いほどスキーマが示す抽象的な意味は理解が困難であるため示さず、その代わりに学習者各自が、抽象度が低く具体性の高い、語義ごとのスキーマを描けるようイラストを示した。また全ての語義のスキーマからスーパースキーマを抽出しやすくするため、各語義のイラストに共通性を持たせ、それを際立たせるようにした。例えば、「切る」では、全てのイラストで、「連続した対象に力を加えて分断する」という共通性が抽出しやすいようなイラストを示した。
 一方研究の面では、2012年に動詞の多義構造を扱った研究として、森山(2012a)(注2)を執筆したのが始まりである。しかしながらこれについても、意味構造の分析にあたって、執筆者の内省に基づいて分析が行われているという点で課題を残した。
>注2 森山(2012a)
 このような背景のもと、いくつかの研究課題が浮上する。
第一に、内省分析法の長所と短所は何か
第二に、内省分析法に限界があるとすれば、それを補完する方法はどのようなものか
第三に、動詞「切る」で明らかになった分析法・意味記述法は、他のすべての動詞にも有効か
第四に、上で明らかになった動詞の分析法・意味記述法は、他の品詞の意味構造分析にも有効か
第五に、これらにより明らかになった意味構造は第二言語習得にどのような影響を及ぼすか。また母語の対応語は習得にどのような影響を及ぼすか
第六に、以上のような観点を踏まえ、2012年に認知言語学的観点から出版された『日本語多義語学習辞典』の意義と問題点は何か

 第一から第四までが意味構造分析における課題であり、第五が(第二言語)習得研究、第六が(第二言語)教育研究における課題である。
 これらの課題を解決すべく、2013年度より、本研究プロジェクト「基本多義動詞・形容詞の意味ネットワークとその習得・教育に関する実証的研究」が開始された。
 本研究の目的は、多義性の高い基本動詞・形容詞の意味と習得について、以下のような研究を行い、その結果を、基本多義動詞・形容詞の適切な指導法や学習者のための日本語辞典の記述に反映させることにある。当初は多くの動詞・形容詞の意味構造と習得・教育を対象に、広範に研究を行おうと考えていたが、広範な研究は一般性を高める一方で、ややもすると研究の質、すなわち精度に問題を抱えかねないため、研究対象を動詞に絞り、しかも動詞の数を絞り込み、精度の高い研究を行うこととした。またそこから、意味分析のための有効な方法を見出そうと方針を転換した。
 その結果、取り上げた動詞は、日本語の本動詞「切る」「上がる」「下がる」「見る」「打つ」「引く」、補助動詞「てくる」、及び「切る」に対応する英語のCUT、「上がる」「下がる」に対応する韓国語の「oreuta」「naerita」などとなった(これらの研究の一部はゼミの大学院生の研究として実現した)。これらについて、意味構造研究、対照研究、習得研究、及び教育研究が行われたが、それをまとめたものが表1である。

表1 研究の範囲


 大まかに言えば、研究は「切る」についての意味構造研究から始まり、対応語との対照研究や習得研究へと発展し、意味構造研究は内省分析による研究から始まり、心理実験、コーパスを用いた研究へと進められた。また本動詞から補助動詞への発展も見られる。すなわち表1の左から右へと発展、拡大した。また動詞は「切る」から始まり、上から下へとその範囲を広げていった。

2.意味構造研究
 認知言語学的観点からの意味構造研究は、最初、内省分析法が主流であった。しかしそこには研究者の主観にとらわれ、客観性に欠けるという問題点が指摘され始め、それを補うものとして心理実験やコーパスを用いた研究に期待が集まった。
 しかしながら、心理実験は実験手続きや対象者の取り組む姿勢などが結果に影響を及ぼし、内省分析に欠けていた客観性を心理実験だけで補うことは難しく、むしろ両者にはそれぞれ長所と短所があり、互いに短所を補完し合いながら意味構造を明らかにしていくことが求められることが明らかになっていった。また、互いに補完し合うことが必要であるとすれば、内省分析法の方も、客観性を高めるためにさらなる方法論の確立が求められると考えた。
 さらに、内省分析法は、作例によることも少なくなく、一般に様々な文脈下における多様でかつ連続的な意味の分布を網羅していない場合が少なくない。本プロジェクトのきっかけとなった森山(2012a)(注3)においても、こうした用例の網羅性という点で課題を残していた。一方、心理実験では、カード分類に使用する用例は多くなればなるほど、調査対象者の負担が増すため、用例数を限定せざるを得ない。したがって、内省分析、心理実験はどちらも、多様な意味を網羅することは難しく、これを補完しようとすれば、様々な文脈下でどのような意味で用いられているかを示すコーパスに基づく意味分析が有効である。実際、コーパスを用いて「切る」の意味を調べた森山(2017a)では、中心義1(中心義の下位カテゴリ数14)、拡張義12(拡張義の下位カテゴリ数23)と合計で50ものカテゴリに分類され、内省による森山(2012a)(注3)、心理実験による森山(2015)(注4)のカテゴリ数、中心義1(中心義の下位カテゴリ数1)、拡張義10(拡張義の下位カテゴリ数2)に比べ、はるかに多くの語義が抽出されており、コーパスに基づく研究の有効性が示されるとともに、語義の連続性、すなわち語義は明確な境界を持ち合わせた有限個で閉じたカテゴリを構成するのではなく、境界はファジーで隣接するカテゴリとの間に連続性を有していることも示された。このように、意味構造の分析にあたっては、内省分析、心理実験、コーパスとそれぞれの短所をそれぞれの長所で補いつつ、分析を行うことが求められることが明らかになった。
>注3 森山(2012a)、 注4森山(2015)
 一方、動詞により、意味拡張の仕方にかなりの違いがあるため、意味構造の分析ではその点に十分留意する必要があることも述べられている。例えば、森山(2016a)(注5)は「上がる」の意味構造を調べているが、その際に、上下、前後、内外などの空間移動を表す動詞においては、空間から非空間へのメタファーが拡張の動機づけに重要であるため、Lakoff(1980)が示した「上下」「前後」「内外」などの「方向性のメタファー」の枠組みを取り入れることが有効であるとした。また、これらの動詞では、空間から非空間へのメタファーの他にも、「移動主」が意志を持った有生物であり、意志動詞である用法と「移動主」が意志を持たず、無意志動詞である用法とがあったり、移動の着点がプロファイルされる用法の他に、起点など着点以外がプロファイルされる用法などがあったりする。したがってプロトタイプ性を決定するには、Lakoff(1987)の「理想認知モデル」の考えを導入、「空間性」のほか、「有生性(意志性)」や「着点プロファイルの有無」などの要因が作用し、それらすべてが無標(空間 −、有生性 −、着点プロファイル −)であるものがプロトタイプの用法であり、それぞれが有標になるにつれて拡張的用法(非プロトタイプ用法)になると考えることが有効であると述べている。
>注5 森山(2016a)
 さらに森山(2017b)では、森山(2015)(注6)の枠組みのもとで行われたこれまでの意味構造分析(「切る」「上がる」「下がる」「見る」「打つ」「引く」)をレビューし、動詞により意味構造に異同があることを明らかにしている。それによれば、動詞は共起する項が動詞自体の意味と密接な関係があることから、全般的に項構造を重視した意味記述が有効であるが、その一方で、それぞれの動詞によって語義の拡張のしかた(動機づけ)が異なっており、その点を十分考慮して内省分析を行う必要があるとしている。具体的には、「切る」「打つ」「引く」のような具体的動作を表す他動詞では、ヲ格名詞句は「被動作主」となるのが普通であるが、視点の移動により、それ以外の参与者やその役割、さらには動作の結果がヲ格で表されることも少なくなく、これらの意味記述に対しては注意が必要である。また、「見る」のような基本的な知覚動作を表す動詞は、その動詞が様々な動作と共に行われるため、それぞれの動作の目的や状況に応じて意味が個別化、特殊化したり、様々な概念メタファーの援用により、多様なメタファー的意味拡張が起きたりしており、そういった側面に対する注意も必要であろうとしている。
>注6 森山(2015)
 またチョ(2015a)(注7)では補助動詞「てくる」とそれに対応する韓国語の「-a/eo oda」の意味構造研究が行われている。
>注7 チョ(2015a)

3.対照研究
 一方、第二言語習得研究に関連、目標言語(L2)と学習者の母語(L1)との対照研究もいくつか行われている。
 朴(2017)は、森山(投稿中)の日本語の「上がる・下がる」の意味構造分析をもとに、それに対応する韓国語の「oreuta(上がる)/naerita(下がる)」の対照研究を行っている。
またチョ(2015b)(注8)では日本語の「てくる」と韓国語の「a/eo ota」の対照研究を行っている。
>注8 チョ(2015b)

4.第二言語習得研究
 一方、第二言語習得研究としては、鐘(2015)、山崎(2015)で行われているものの、まだ十分とは言いがたく、今後の課題と言える。例えば鐘では、「切る」の各語義のプロトタイプの度合いと習得(受容度)との相関が0.695であり、「中程度(0.4〜0.7)の相関がある」とし、習得がプロトタイプである程度説明できることを示した。しかし、学習者の多義動詞の習得はL2プロトタイプ以外に、母語の影響も関わっていると考えられる。L2学習者はL2の語彙の概念(意味)を理解するとき、L1の対応語の概念(意味)を介して、L2の語彙の概念(意味)を理解する傾向があると多くの研究で指摘されている。そのため、学習者がL2の語彙の意味を理解するとき、L2プロトタイプだけでなく、L1対応語の影響についても見る必要があると考えられる。そこで、中国人日本語学習者の場合、多義語「切る」のL2プロトタイプとL1対応語(「切(qie)」と「剪(jian)」)の受容度が学習者「切る」の習得(受容度)にどの程度影響を与えているかを見るため、重回帰分析を行った(洪と共同で実施)。具体的には、中国人日本語学習者の習得(正用の用例の受容度)を従属変数にし、L2プロトタイプ、「切る」のL1対応語「切(qie)」「剪(jian)」の受容度(中国語の場合は「切る」の対応語が「剪(jian)」「切(qie)」の2つがあるため、「剪(jian)」と「切(qie)」の受容度両方を調べた)を独立変数とし、重回帰分析を行った。その結果、標準偏回帰係数はL2プロトタイプが0.36、L1対応語「剪(jian)」が0.41、L1対応語「切(qie)」が0.16となり、L2プロトタイプよりもL1対応語の一つ「剪(jian)」の影響の方が大きくなっている。すなわち習得はL2プロトタイプの影響もさることながら、L1の対応語の受容度の影響が大きいことを示している。しかし、今回の分析は、パイロット的に実施した研究であり、「切る」の例文の数が12個しかなく、サンプルサイズが小さいため、標準偏回帰係数は統計的に有意な結果にはならなかった。統計的な手法でL2プロトタイプとL1対応語が多義動詞の意味習得にどの程度影響を与えているかを解明するためには、サンプルサイズを増やして検証する必要があると思われる。また、L1の影響(転移可能性)の大小については、様々な要因(L2語彙とL1対応語の意味関係、L1とL2の言語の距離など)によって変化するため、別の言語をL1とする学習者や、別の動詞を用いて研究を積み重ねていく必要があるであろう。
 一方、山崎は、英語母語話者と日本語を母語とする英語学習者のCUTの意味構造を心理実験によって明らかにし、両者の意味構造の異同を考察している。その結果、学習者の分類は母語話者のそれに比べて明確でない、すなわち語義間の関係が十分に動機づけられておらず、構造化(ネットワーク形成)が不十分であること、さらに分類にL1である日本語の影響を受けている可能性があることを明らかにしている。
 また、補助動詞「てくる」の習得についてはチョ(2015a)(注9)で実施されている。
>注9 チョ(2015a)

5.第二言語教育研究
 最後に教育に対する研究では、最終年度にあたる2016年度に森山が、2012年に出版した日本語多義語学習辞典:動詞編』(注10、以下『辞典』)を用い、日本語教師及び日本語学習者を対象に教材分析を実施している。『辞典』では、学習者の理解に配慮し、多義動詞の意味構造が一目でわかるように、「ネットワーク図」が描かれているほか、上述したような様々な工夫、すなわち、拡張の動機づけについても専門用語(動機づけ、メタファー、メトニミー、シネクドキ)を用いずに「上位概念との関係」として平易な説明を加えていたり、それぞれの語義には語義全体が共有するスーパー・スキーマを抽出しやすいような「イメージ図(イラスト)」が添えられており、これらの工夫を通じて、記憶の負荷が大きく、語義全体の習得が困難な多義動詞の習得を促そうとしている。さらに、認知言語学では、語の意味には、辞書的な意味だけでなく、文化的知識などの百科事典的知識もあると考えられているが、これは学習者にとって習得が難しい。そのため、本辞書ではそれについても「文化ノート」で明示的に説明されている。また、類義語の使い分けに対しても、それぞれのプロトタイプやスキーマなどの語が形成するカテゴリーの特徴を捉えながら「用法ノート」で簡潔に説明を加えている。これも認知言語学的工夫の一つと言えよう。しかし、それらの工夫が果たして、教える側(教師)、学ぶ側(学習者)にプラスの効果を及ぼしているのかについてはわからない。そのため、中国(中国語圏)、韓国(韓国語圏)、オーストラリア・ニュージーランド(英語圏)の3地域の教師、学生を対象(約30名)に、『辞典』のモニター調査を実施した。
>注10 『日本語多義語学習辞典:動詞編』
 その結果、認知言語学的観点から辞書に取り入れられた、ネットワーク図、イメージ図、上位概念との関係、文化ノート、用法ノートなどは概ね好評価を得ていた。しかしその効果や反応は、学習者か教師かによって、またその学習レベル、学習者の母語が漢字圏か非漢字圏か、学習者がこの教材を辞書として用いているか、それとも多義語の学習書として用いているかなど、様々な要因によって異なることが示された(詳しくは森山(2017c)(注11)を参照のこと)。
>注11 森山(2017c)

6.本プロジェクトの成果と残された課題
 以上、本プロジェクトで行われた研究をレビューしてきた。結論として以下のような総括を下すことが可能であろう。
 第一に、意味構造分析については、内省分析、心理実験、コーパス分析などの手法が用いられてきたが、どれも長所と短所を有しており、それらの短所を克服し、他の方法の長所で補完しながら、いかにより精度の高い分析が行えるかという点である。また、扱う語がまだ動詞のいくつかの語に限られているため、今後対象語彙数、品詞の種類を増やして研究を行い、一般化していくと共に、方法論も確立していく必要がある。
 心理実験では、実験に用いる用例の選び方と用例数、用例の示し方(例えば、どこまでコンテクストを提示するか)などを工夫することが求められる。また、実験で一度に扱える用例数はどうしても限られてしまうため、実験に用いる多義語の語義数をどの程度網羅できるのかという問題もある。これらのうちいくつかは心理実験の精度の問題であり、今後改善が求められようが、いくつかは心理実験が持つ限界とも考えられるためそれを改善することは難しい。それを解決する方法は、他の方法を併用すること、もしくは、多義構造全般を心理実験で明らかにしようとはせずに、意味構造分析を行うにあたり、どうしても客観的なデータが必要な部分に限り、心理実験を行うことで、用例数を少なく抑えるなどが考えられる。
 さらに、コーパスの使用では、コンテクストを踏まえつつ、多様で連続的な意味の分布を調べることが可能であるが、それをいかにカテゴリに分けるかの問題がある。一つは人の手により、すなわち内省分析により、用例の一つ一つをこまめに分類していくことであろうが、そこにはどうしても研究者の主観がバイアスとして介入してしまう。もう一つは、それぞれの用例にあらかじめタグをつけタグ付けコーパスとし、それに基づきカテゴリ分けを行う方法である。しかしここでもタグを決め、それをつけていくのはあくまでも人間であり、そこに主観性は介入しうる。また、タグによる分類が果たして人間のカテゴリ化とどこまで同じと言えるのかについても、明らかになっているとは言い難い。そもそも認知言語学が依拠するプロトタイプ・カテゴリ観は、古典的カテゴリとは異なり、カテゴリは属性の総和によって決まるとは考えないためである。タグをつけ、カテゴリ化を行うことは、ある意味、古典的カテゴリのように同じタグ、すなわち属性を有するかどうかで機械的にカテゴリに分けるわけであるから、それが人間のゲシュタルト的、非還元主義的なカテゴリ分け、すなわちプロトタイプ・カテゴリと一致しているとは断定しにくい。
 第二に、言語習得研究については、プロトタイプだけでなく、その他の要因、特に学習者の母語(特に対応語の存在)が習得にどのような影響を及ぼすのかについて、定量的で実証的な研究が求められる。これについては、様々な語について、また母語の異なる様々な学習者を対象に、広範な研究が求められよう。
 第三に、習得研究に基づいた教育的提案と、その効果についての実証的研究の必要性である。今回は学習者や教師に実際にこの辞書を一定期間モニターとなって使用してもらい、その結果をインタビューする形で実施したが、将来的には、統制群を設けるなど、より客観的にその効果を測定する工夫が求められる。但し、たとえ辞書を使用しない統制群を設け、統制群と実験群との間の有意差を求めたとしても、それが辞書の使用によるものかどうかは明確にならず、変数を絞り込んだ研究が捕捉される必要がある。また、これまで、認知言語学的な第二言語教育研究は、ボトムアップ、用法基盤を謳いながらも、まだまだ認知言語学理論に基づいたトップダウン的な研究が多く、検証が行われていないなどの問題点を残している(森山、準備中)。今後、こうした問題点を解決した実証的研究が求められよう。

参考文献(以下の主な研究成果に含まれていないもの)
Lakoff, G., & Johnson, M.(1980). Metaphors we live by. Chicago ; London, United States: University of Chicago Press.
Lakoff, G.(1987). Women, fire, and dangerous things: What categories reveal about the mind. Chicago: University of Chicago.
荒川洋平(2011)『日本語多義語学習辞典:名詞編』東京:アルク
今井新悟(2011)『日本語多義語学習辞典:形容詞・副詞編』東京:アルク
森山新(2012a)「認知意味論的観点からの「切る」の意味構造分析」『同日語文学研究』27, 147-159,韓国:同日語文学会, [pdf]
森山新(2012b)『日本語多義語学習辞典:動詞編』東京:アルク


2. 主な研究成果

著書
・ 森山新(2019), 「4B.5 応用認知言語学」『認知言語学大事典』, 朝倉書店
・ 森山新・向山陽子編著(2015), 長友和彦監修, 『第二言語としての日本語習得研究の展望: 第二言語から多言語へ』, ココ出版

論文
・ 森山新(2018b), 認知言語学的観点から作成された多義語学習辞典分析, 日本認知言語学会論文集, 18, 245-257, 2018, 6月, 学術雑誌, [pdf]
・ 森山新(2018a), 「あがる・さがる」の意味拡張とその非対称性: 上下メタファーによる内省分析法の確立をめざして, 人文科学研究, 14, 57-71, 学術雑誌, [pdf]
・ 森山新(2017b), 日本語学習辞典開発のための多義基本動詞の意味構造分析法の確立-内省分析を中心として-, 日本認知言語学会論文集, 17, 402-408, 学術雑誌, [pdf]
・ 森山新(2017a), コーパスを用いた日本語基本多義動詞「切る」の意味構造分析−認知意味論の観点から−, 人文科学研究, 13, 55-67, 2017, 3月, 学術雑誌, [pdf]
・ 森山新, 大西はんな, 山崎香緒里, 鐘慧盈(2016), 基本多義動詞の意味構造、及び習得との関係についての実証的研究, 日本認知言語学会論文集, 16, 536-560, 学術雑誌, [pdf]
・ 森山新(2016b), 多義動詞の意味構造分析法の確立をめざして-「切る」を中心に-, 日本認知言語学会論文集, 16, 537-542, 学術雑誌, [pdf]
・ 森山新(2016a), 上下のメタファーの観点からみた動詞「あがる」の意味構造分析: 内省分析法の確立をめざして, 人文科学研究, 12, 231-241, 学術雑誌, [pdf]
・ 森山新(2015), 日本語多義動詞「切る」の意味構造研究 -心理的手法により内省分析を検証する-, 認知言語学研究,1, 138-155, 学術雑誌, [pdf]
・ 大西はんな(2016), 多義動詞「みる」の意味構造分析, 日本認知言語学会論文集, 16, 543-548, 学術雑誌, [pdf]
・ 山崎香緒里(2016), 学習者が持つCUTの意味構造は異なるか, 日本認知言語学会論文集, 16, 549-554, 学術雑誌, [pdf]
・ 鐘慧盈(2016), L2「きる」の意味構造がその習得に及ぼす影響, 日本認知言語学会論文集, 16, 555-560, 学術雑誌, [pdf]
・ 今井新悟(2015), クラスター分析による多義語の語義分類−「切る」を例に−, 日本語教育論集, 31, 1-15, 学術雑誌, [pdf]
・ チョナレ(2015b), 日本語教育に役立つ多義記述のための一考察-テクルを例に-,お茶の水女子大学比較日本学教育研究センター研究年報, 第11号, 学術雑誌, [pdf]
・ チョナレ(2015a), 韓国語を母語とする日本語学習者の多義語の習得に影響を及ぼす要因について-意味の空間性と学習者の母語における対応表現の影響-, 人文科学研究, 第11巻, 学術雑誌, [pdf]

学位論文, [要旨]
・管晶(2022), 「〜てくる/〜ていく」と“〜来/〜去”に見る日中言語話者の事態把握
・清水郷美(2022), コーパスの用例を基盤とした多義的補助動詞「てしまう」の意味分析
・程寧(2020), Behavioral Profileアプローチからみた多義語の意味分析: 移動動詞「あがる」を例に
・ 朴惠仁(2017), 日韓動詞「あがる」「さがる」と「Oreuda」「Naerida」の意味拡張に関する対照研究-上下メタファーに基づいて-
・ 楊慧婷(2016), 中国語を母語とする日本語学習者における多義動詞「みる」の意味理解
・ 呉双羽(2016), 日本語母語話者と中国語を母語とする日本語学習者の動詞「乗る」の意味構造の差異について
・ 崔暁文(2016), 認知意味論の観点から見た基本多義動詞「引く」の意味構造
・ 山崎香緒里(2015), 日本語母語話者と英語母語話者の基本動詞CUTの意味構造の違いについて: 心理実験を用いた実証的研究
・ 大西はんな(2015), 多義動詞「みる」の意味構造: 心理実験によって内省分析を検証する
・ 鐘慧盈(2015), 中国語を母語とする日本語学習者による多義動詞「切る」の意味理解: L2のプロトタイプ性をめぐって

招聘講演他
・ 森山新, 日本語教育:認知言語学の切り口から, 2017年第26回ドイツVHS日本語講師の会全国定例研修会, Tagungszentrum der Evangelischen Akademie Bad Boll Akademieweg, 2017, 3月10-12日, 海外
・ 森山新, 日本語教育学のための研究法, 2016, 6月16日, 大連理工大学, 海外
・ 森山新, 日本語教育学研究の確立をめざして: 多義動詞の意味構造分析を中心に, 2016, 6月14日, 大連東軟信息学院, 海外
・ 森山新, 日本語多義動詞の意味分析の方法論の確立をめざして, 第47回日本語教育学講座講演会, 2015, 11月13日, 名古屋大学, 国内
・ 森山新, 日本語教育のための日本語多義動詞の意味分析, 2015年台湾大学日本語文創新国際学術シンポジウム基調講演, 2015, 10月25日, 国立台湾大学, 海外
・ 森山新, 第二言語としての日本語の語彙学習と意味研究, UNSW, 2014, 8月8日, 海外

口頭発表
・ 森山新, 日本語学習辞典開発のための多義基本動詞の意味構造分析法の確立-内省分析を中心として-, 日本認知言語学会第17回全国大会, 日本認知言語学会, 明治大学, 2016, 9月11日, 国内, 予稿集, 186
・ 森山新, 日本語学習辞典開発のための内省分析の整備に関する研究, 日本語教育学会2015年度秋季大会, 日本語教育学会, 沖縄国際大学, 2015, 10月11日, 国内, 口頭発表, 予稿集,266-271
・ 森山新, 大西はんな, 山崎香緒里, 鐘慧盈, 基本多義動詞の意味構造、及び習得との関係についての実証的研究, 日本認知言語学会第16回全国大会, 日本認知言語学会, 同志社大学, 2015, 9月12日, 国内, ワークショップ, 予稿集, 18-34
・ 森山新, 多義動詞の意味構造分析法の確立をめざして-「切る」を中心に-, 日本認知言語学会第16回全国大会, 日本認知言語学会, 同志社大学, 2015, 9月12日, 国内, ワークショップ, 予稿集, 18-22
・ 大西はんな, 多義動詞「みる」の意味構造分析, 日本認知言語学会第16回全国大会, 日本認知言語学会, 同志社大学, 2015, 9月12日, 国内, ワークショップ, 予稿集, 23-26
・ 山崎香緒里, 学習者が持つCUTの意味構造は異なるか, 日本認知言語学会第16回全国大会, 日本認知言語学会, 同志社大学, 2015, 9月12日, 国内, ワークショップ, 予稿集, 27-30
・ 鐘慧盈, L2「きる」の意味構造がその習得に及ぼす影響, 日本認知言語学会第16回全国大会, 日本認知言語学会, 同志社大学, 2015, 9月12日, 国内, ワークショップ, 予稿集, 31-34
・ チョナレ, 日本語教育に役立つ多義記述のための一考察 -テクルを例に-,第9回国際日本学コンソーシアム, お茶の水女子大学, 2014年12月, 国内, 口頭発表
・ チョナレ, 認知意味論の観点から見る日韓の移動表現の対照分析 -テクルとa/eo odaを例に-, SYDNEY-ICJLE 2014,日本語教育国際研究大会, シドニー工科大学, 2014年7月, 海外, 口頭発表
・ チョナレ, SPOTを利用した韓国人日本語学習者の補助動詞テクルの習得研究, シンポジウム『言語能力評価の最前線〜運用力の評価を目指して〜』, 2013年3月, 国内