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01. 時禱書(15世紀)の零葉

2016年4月8日更新

じとうしょの画像

01. 時禱書(15世紀)の零葉

 フランスあるいはフランドルで個人的な祈祷のためにつくられた時禱書(じとうしょ)の一葉[1]。材質は、動物の皮でつくられた羊皮紙[2]。丈夫なものは1000年以上もつといわれている。

 書かれている言葉は、ラテン語。書いてほしい言葉(お気に入りの詩編[3]やその他の聖書の文句)と、それらにつける絵(細密画)について詳しく注文すると、それに従って工房が手書きで制作した。文字と絵はそれぞれ別の工房での分担作業によって作り上げられることが多かった。絵が多いほど、手間や顔料代がかかるために高価になった。15世紀には商人やジェントリ層などが買い求めるようになって大量に生産されるようになった。携帯に便利で、旅行などに持ち歩き、お祈りなどの時にカレンダーを見て必要なページを開きお祈りに用いた。ちなみに15世紀の遺言書を見ると、このような個人用祈祷書一冊が、4~6ポンドもした高価なものであったことがわかる。

 このページの1行目から14行目までには『マタイによる福音書』(2:9-2:12)が書かれている。2~3行目、ecce stellam quam viderant i(n) orie/(n)te...(東方で見た星が...)という記述、および7~8行目、ma/ria matre eius((キリストの)母マリア)、という言葉からわかるように、このページの大部分は、生まれたばかりのイエスを東方の占星術者たち(マギ)が礼拝する有名なシーン(The Adoration of the Magi)の一部である。14行目には、赤い文字(ルブリック)でsecundu(m) Marcumとあり、ここから『マルコによる福音書』が始まることが示されている[4, 5]。なお、時?書のテクストには、地域やグループ(修道会など)ごとにバリエーションがある。

 彩色された細密画(花の絵)や文字の一部には、金・赤・緑や宝石の一部を使った顔料が用いられている。もともとはカレンダー付きで携帯に便利な本の形になっていたが、一葉ずつ切り取られ、現在は骨董屋などで切り売りされることも多い。

注:

[1] Book of Hoursは時禱書(じとうしょ)と訳されるのが一般的です。「禱」はパソコンで入出力することがやや難しいので、代わりに「時祷書」と表記されることもあります。

[2] 動物の皮をタンニンなどで「なめす」と、やわからい「革」ができます。衣服や鞄、ブックカバーなどには、なめされた革が用いられます。いっぽう、羊皮紙をつくるときは「なめし」の作業は行われません。

[3] 以前は「詩篇」と表記されていましたが、新共同訳聖書が登場してからは「詩編」という表記が一般的になりました。

[4] ここで使われているsecundumは「第二の」を意味する序数詞ではなく、「~による」を意味する対格支配の前置詞です。Secundum Marcumは『マルコによる福音書』という新約聖書の書名のことです。なお、時禱書では、福音書の冒頭にIn illo tempore「そのとき/そのころ」という一節を挿入するのが決まりごとになっています。

[5] 羊皮紙の左側マージンに見られるダメージは、ページをめくるときにつけられた読者の唾液や指垢による汚れと皺です。このことから、写真に写っている羊皮紙の左側が写本の小口側、右側が背側であるとわかります(また、この時禱書が単なる美術品ではなく、実際に祈祷の際に頻繁に使用されていたことの証拠でもあります)。したがって、写真に写っているのはフォリオの裏(verso)ということになります。

文:新井由紀夫,補遺・注:馬場幸栄

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