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新型コロナウイルス禍に思う

2020年5月8日更新

新型コロナウイルス禍に思う~他者への想像力を(4年 本田歩)

2020年5月掲載

新型コロナウイルスの蔓延が差別を蔓延させかねないとの懸念から、2月11日の朝日新聞に投書した。その内容が、俳優の渡辺えりさんの目に止まり、4月23日にもう1度紙面に取り上げてもらう機会を得た。(【朝日新聞デジタル 「渡辺えりの心に残るひととき)感染拡大で恐れること 弱きを助ける、今こそ教育の力 」(4/23)】※全文を読むには朝日新聞デジタルへのログインが必要です)

2月の時点でも、コロナウイルスに関連した差別や偏見についての報道があった。例えば、2週間以上前に中国から帰国したことを告げた途端、職員から態度を変えられ、保育園の見学を断られた親子や、いじめの対象となってしまった、コロナウイルスの感染患者を対応する病院関係者の子どものケースなど。私は、このようなニュースを見ながら、9年前の3.11を思い出していた。

中学2年生の時、東日本大震災を福島県いわき市で経験し、家族とともに、関東に自主避難をした。避難生活中は、自らの出身地を聞かれるとごまかすなど、肩身の狭い思いをした。私は、自らが「菌」扱いされることに怯えていたのである。

5月に入った現在でも、収束の先行きが見えず、人々のストレスや不安は募るばかり。感染者に対しての嫌がらせについてのニュースを目にする機会も増えた。地元の福島県にいても、異様な雰囲気を感じる。4月の中旬、家族経営の馴染みの食堂で、テイクアウトのお弁当を待っていた時のことだ。テレビから、「東京から来県した方がPCR検査で陰性の結果が出たことを伝えるニュース」が流れた。テレビ画面を一瞥した食堂の女将さんが忌々しそうにつぶやいた。「危険な東京からウイルスを持ち込むな」。皮肉なものだ。「福島から放射能を持ち込むな」。9年前、よく聞いた台詞が脳裏に浮かぶ。突然、普段は寡黙な旦那さんが「誰が好きで持ち込むか。ついて来ちまったんだろ」と強い口調で反論した。私は大きく頷いた。

確かに、不要不急の外出、特に都道府県をまたいでの移動は、可能なら避けるべきである。だが、このことも忘れてはならない。ウイルスを広げたい人など、誰もいない。こんな時だからこそ、他者との繋がりの中でしか生きられない私たちは、他者への想像力を大切にするべきではないか。

最後に、私は、ウイルスよりも、人々の不安や無知が引き起こす「差別や偏見の蔓延」を恐れる。差別の目が向けられている人々は、「菌」ではなく、我々と同じ人間であるということ、その点への配慮はいかなる時も忘れてならない。

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