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2026年4月15日更新
幼いころから本が好きで、高校の古典の授業を通じて関心が高まった日本文学を大学で学ぶことに決めました。大学のオープンキャンパスを巡っていたときに感じたお茶大生の穏やかな雰囲気と、日本語・日本文学コースの刺激的な模擬授業をきっかけに、ここで学びたいと思うようになりました。
お茶大の日本語・日本文学コースでは、各時代の日本文学と日本語の基礎を幅広く学んだうえで、演習や卒論で扱う分野を選ぶことができます。また、一つの学年が30名程度と少人数で、学生同士だけでなく先生方との距離も近いのが特徴です。授業できめ細かいご指導を得られるのはもちろんのこと、文学散歩などのイベントもご一緒し、教育実習や就職活動のことまで気にかけていただきました。私は4年次に奈良時代の文学を中心に扱う上代ゼミに所属しましたが、先生の研究室で同期3名と机を囲んで原文の一語一語を読み解いて過ごした時間は、とても濃厚で、かけがえのない経験となりました。
古典文学を学び、豊かな表現や現在とは異なる文化に触れたり、一方でいつの時代も変わらない人間の姿を垣間見たりするのは楽しいものです。と同時に、それができるのは、それらを書き記し大切に受け継いできた多くの人々がいたからだということにも感動を覚えました。いつしか私もその大きな営みに少しでも携われたらと考えるようになり、卒業後は国立国会図書館に入館しました。
国立国会図書館は、日本国内の出版物等を広く収集・保存し、国会活動の補佐と国民への幅広い図書館サービスを提供する役割を担っています。当初イメージしていた司書業務以外にも多様な業務と部署があり、特に若手の間は数年毎に異動があります。私は児童書や古典籍資料を扱う部署のほか、総務系の部署も経験しました。
社会に出た後は、大学で学んだ知識それ自体を活かせる機会は多くないのかもしれません。また、現代は情報や社会の在り方がめまぐるしく変化しています。常に迅速さと明快さが求められる一方で、時間をかけて難解な文献を読み解く文学は、ときにそれを学ぶ意義さえも問われることがあります。しかし、言葉と真摯に向き合うこと、信頼できる情報を見極めること、自分の思いや考えを相手にどう伝えるか考えることは、どんな立場や状況においても必要であり、今後ますます重要になっていくのではないでしょうか。私は日文コースでその方法の基礎を学び、それを実践することの難しさを知ることもできました。そして何より、日本文学や日本語が好きな人達に出会い、そうした人達とのびのびと学び語り合うなかで紡がれ、心に刻まれた言葉が、思いがけないところで支えになってくれることがあります。これからも日文コースで得られたものを大切に活かしながら、様々な関わり方で資料を守り受け継ぐお手伝いができればと考えています。
勤務先:国立国会図書館
2016年 日本語・日本文学コース卒業
中高生の頃、私は和歌に特別心惹かれていました。競技かるた部に所属していたので、「百人一首」に慣れ親しんでいたことも要因の一つではありますが、必要最低限の言葉で最大限の感情を伝えている「和歌」の存在自体を面白く感じたのだと思います。
大学に入ってからもやはり興味は変わらず、和歌を勉強したいと強く思い続けていました。しかし、知っている和歌がほぼ「百人一首」だけだった私にとって、大学での勉強は海のように広くて深いものでした。万葉集から江戸時代まで、あらゆる時代の和歌のあり方を学ぶ授業もあれば、一つの和歌に対する学者たちの解釈を調べ、精査する授業もありました。今思えば夢のような時間ですが、当時は膨大な数の和歌と注釈書を目の当たりにして途方に暮れていました。
それでも大学時代にたくさんの古典作品に触れることができたのは、今の私に取って大きな財産となったと感じています。
さて、そんな私が就職した先は出版社です。
出版社と聞くと、作家さんと一緒に作品を作る編集者になったのだと思われますよね。
私も編集者になって作品作りに携わりたいと思っていたのですが、実際に配属された先は営業部門でした。やはり希望した部署でなかったことに、多少落ち込む時期がありました。
そんな時に思い出したのが、大学時代に触れた古典作品です。
日文コースには日文図書室という小さな書庫があります。そこには、慣れ親しまれている古典作品だけでなく、普通の書店では見たことのない古典作品や、注釈書が数多く存在します。大学時代、日文図書室の本を手に取るたびに「このマイナーな本は、どれだけの人に読まれたのだろう、100人くらいだろうか」なんて失礼なことを思っていたのですが、今になるとその本を手に取って読めていることが、どれだけすごいことなのかが分かります。
この世に存在するあらゆる書物は、著者の実力だけで現代に残っているのではありません。そこに至るまで、多くの人の手と労力がかかっているはずです。たくさんの人に知ってもらいたい、後世に残したいと思った人たちが、語り継ぎ、書き継いだからこそ、今ここに存在するのです。あの狭い日文図書室のたくさんの古典作品を思い出すたびに、作品を生み出すだけでなく、それを広めることがどれほど重要かを実感します。1,000年以上経ってもまだなお読まれている作品たちは、いったいどれだけの人に支えられてきたのでしょう。
私の所属している営業部門は、流通・販売促進企画・在庫管理など“売る”ことに関するほとんどの業務を担っています。“売る”ということは、すなわち多くの人に作品を広めて、手に取ってもらうということです。今まで触れてきた古典作品のように自社の作品を後世に残したいと思いながら、日々仕事に励んでいます。
正直なところ、もう今では大学時代に学んだ内容をほとんど覚えていません。専攻した分野はまだ記憶に残っているのですが、いつかは忘れてしまうのでしょう。
それでも大学で過ごした日常や感じたことはずっと心に残っています。そしてその記憶が励みになったり自信になったりすることが時折あるのです。
きっと皆さんにもそんな日が来ると思うので、好きなことを学びながら、今過ごしている日常を大切にしてください。そして大人になった時に辛いことがあったら、大学時代に思いを馳せてみてください。きっと少しだけでも気持ちが和らぐと思います。
勤務先:白泉社 販売部 山野邉美里
2020年 日本語・日本文学コース卒業