HOME 第5回ホームカミングデイ シンポジウム報告 「日本の自然と災害」田宮兵衞

第5回ホームカミングデイ シンポジウム報告

シンポジウム「震災を地理学から考える」
文教育学部・地理学コース共同企画、お茶の水地理学会共催
2012年5月26日(土) 14:30-16:00
講  演
田宮兵衞(本学名誉教授):「日本の自然と災害」
小田隆史(本学シミュレーション科学教育研究センター助教):
      「東日本大震災をめぐる地理学の実践」
開会の辞 三浦 徹(文教育学部長)
司  会 宮澤 仁(地理学コース主任)
参 加 者 70名
 
「日本の自然と災害」 田宮兵衞
1.はじめに
 「日本の自然と災害」とは「日本の自然」と「日本の災害」のことである。災害・自然災害の定義は色々あるが、ここでは以下のように考える。
 1.1災害:人間社会(人命・資産)が損傷(被害)を受けた事態。
 1.2自然災害:平均的・経験的な自然現象の発生状況(自然条件の変動の範囲)を前提として構築された社会またそこに居住している人間に、想定されている自然条件の範囲を超えた変動(未経験な自然現象)がもたらした災害。
 1.3自然条件の変動の範囲を超えた変動はnatural hazard(客観的に存在する自然の「危険性」)である。
 日本語にはnatural hazardに相当する言葉が無い。そこで、本文は日本の実際を具体的に示すことにする。
 
2.日本のnatural hazard
 マントル対流の下降流・沈降するコールドプリュームに吸い寄せられる4つのプレートがぶつかり合うことによる造山運動は、弧状列島と背弧海盆、海溝を形成する。プレート間のズレが、断層の形で解消されれば海溝型地震になる、摩擦熱から生じたマグマが地表面に達すれば火山になる。海洋底プレートの表面の堆積物が刮げ落とされて堆積した付加体である日本列島は脆弱であり、海洋底がぶつかる力により断層が生じ直下型地震をもたらす。造山帯ということは地盤の隆起量・隆起速度が大きいことを意味する。
 極側の寒気(シベリア高気圧)と赤道側の暖気(亜熱帯高気圧)の境界に生ずる上昇する湿潤な大気が多量な降水をもたらす。降水をもたらす仕組みは、冬はシベリア高気圧からの気流が日本海上吹走中に獲得する水蒸気が脊梁山脈を越える際の上昇気流、夏は亜熱帯高気圧の西縁に沿う湿潤な大気と熱帯低気圧(台風)、春・秋は温帯低気圧の東側を上昇・北上する気流である。
 海抜高度の高い地域への降水は、重力により海まで自然に流下するが、その流路である河川は河床勾配が大きく急流であり浸食力が強く、多量の土砂を下流に運ぶ。降水は急速に河川に流入するので流量の増大・水位の上昇は急激である。自然河川の場合平常の流量を超えれば洪水流路の拡大・変更になる。日本の水の特徴には岩盤等に接触する時間が短いので、鉱物分の少ない軟水であることもあげられる。
 日本列島およびその周辺の、自然地理学的特徴は、各種自然現象の生起可能性と、それを地球上の他地域比較すれば得られよう。ここでは、きわめて大まかに定性的な比較にとどまるが、以下に示す。
 (1)プレートの沈降帯に沿う弧状列島は、日本列島・南西諸島、台湾、フィリピンしかない。
 (2)亜熱帯高気圧の西縁に弧状列島が位置するのは、日本列島・南西諸島、台湾、カリブ海、西インド諸島だけである。
 (3)熱帯低気圧が中高緯度に達した後、温帯低気圧に変化して強風・大雨が持される地域は、日本列島付近と北米大陸東岸に限られる。
 以上のとおり、日本付近は地球上の他地域に比べると激しい自然変動が生じる可能性が高い。すなわち、日本列島付近には多数のnatural hazardが重なり合って存在する。また、自然現象が過去の変動の振幅以内に収まると考える根拠はないので、変動幅の大きい日本では世界の平均より高度な対策が必要である。
 
3.日本におけるnatural hazardと予測可能性の一覧
(1)一覧現象時空間的予測可能性
1.1.1 直下型地震(M6-7)地面の振動予測不可能
1.1.2 海溝型地震(M8-9)地面の振動予測不可能
1.1.3 津波海面水位上昇発生後到達時刻範囲予測可能
1.2  遠隔地津波海面水位上昇発生後到達日時範囲予想可能
1.3  火山火砕流+降灰噴火時日直前まで予測不可能
2.1  台風(熱帯・温帯低気圧)風+雨接近すればある程度予測可能
2.2  集中豪雨(積乱雲群)ある程度予測可能
2.3  豪雪(冬季の北西季節風)積雪ある程度予測可能
2.4  竜巻(比較的まれな現象)ある程度予測可能
 
(2)予測可能性の補足
1.1.1 脆弱な付加体に太平洋プレートから圧力が加わっている日本列島には、直下型地震発生をもたらす活断層が多数存在する。すでに日本中至る所で発見されており、探査を進めればその数は増える。それらの活動時期の予測は不可能である。
1.1.2 日本列島周辺の日本海溝および東海トラフから琉球海溝に起こる海溝型地震の発生の予測は不可能である。
1.1.3 海溝型地震よる津波は、地震発生後数分~数十分で到達時刻と範囲予想可能。
1.2  太平洋対岸の海溝型地震による遠隔地津波は、津波発生後日本到達時刻予想可能。
1.3  火山の場所は分かっているが、噴火時日の予想は直前まで不可能。
2.1  台風は毎年どこかに影響を与えるが、接近するまでどの程度影響するかわからない。
2.2  集中豪雨は毎年どこかで発生する。積乱雲群の継続時間は予想困難。
2.3  豪雪は毎年日本海沿岸ではどこかで発生する。積雪量(降雪継続時間)は予想困難。
2.4  竜巻が県ないし数県範囲で起こりやすい天候条件は予想できる。場所はわからない。
 
4.おわりに
(1) 予測可能性と災害
自然現象の変動が過去の記録・経験を超える値になっても、その時刻にその場所に居合わさなければ直接の影響は受けない。その結果、場所・時刻またはそのいずれかが分からないnatural hazardについて、多くの人々は自分には影響しないと楽観的に考える。日本において自然災害は、全世界でほぼ発生の確率が同一な隕石の落下以外は考えらず、natural hazardが、いずれかの地域・なんびとかに被害を与えることは想定しなければならない。
自然現象の変動によって発生する災害とは、防災対策や救援の不備の結果である。不備があるということは人災であり、あらゆる自然現象の変動によって発生する災害は人災である。「自然災害」ということによって、責任を回避し、責任追及から免れることができる人もいれば、損傷を受けても諦める人もいる。この場合、諦めの対象は災害で失った事物であり、さらには、天災・自然災害概念を利用することによって利益を得る、また責任追及から免れると人がいるという非倫理的現実である。諦めの根源は人類の科学的知識水準の低さである。
(2)対策
natural hazardに対して、十分な事前準備・事後対策をしてきていないことは日常的に災害が発生していることから明らかである。事前準備・事後対策すべきなのは、自治体・国であるが、それらの在り方を決めるのは今日の制度では投票行動の結果である。個人・自治体・国とも「日本の自然」の特徴を考慮した現実的な認識も長期的な展望を持っていない事態は改める必要がある。
そのためには各種災害に対応する自然現象について「どのくらい分かっていないか」を知ることが必要である。その上で自治体・国の責任範囲の議論ができる。我々のnatural hazardに対する知識の限界を認識するためには、理科教育というより理性に基づく評価がなされる教育が必要である。なにも系統的な情報を与えず、natural hazard即「自然災害」として、自助努力・自己責任で対処させようとする現実を、何時まで、どこまで続けることができるであろうか。
 
本稿は、2012年5月26日お茶の水地理学会シンポジウム「震災を地理学から考える」で行った報告の修正・加筆版である。